普通の旋回
戦車は左右の装軌輪を異なる速度に設定するにより曲がることができる・・・
諸君ら機甲科生には説明するまでもないな。
多脚戦闘車両でも同様にして旋回は可能だが、
この図のように動脚の方向を向けることによって、より小さい旋回半径で動作が可能だ。
この時左右の装軌輪の速度は自動的に制御されるが、操縦者が変更することも可能だ。
昔ホンダが発売した4WSの自動車と同じですね。
これも外側と内側でキャタピラの速度を調節すれば、さらにスムーズになるはず。
信地旋回旋回・超信地旋回
片側のキャタピラを止めて反対側のキャタピラを動かすのが信地旋回、
左右のキャタピラを反対に動かすのが超信地旋回・・・これも説明は不要だったな。
この旋回も多脚戦闘車両の特性を活かしたすばやい行動が可能だ。
多脚戦闘車両では敵の予測を乱したり回避から攻撃に転ずる目的で、
高速で直進中に超信地旋回を行う操縦が存在する。
ひとつ注意しなければならないのは、先のような動脚配置でこの操縦を行うと車体が横転する可能性があることだ。
こうなると狭い操縦席の計器類に体をぶつけ、非常に痛い思いを・・・
なに、経験があるのかだと? そ、そ、それは・・・秘密だ。
最新型の一五式では砲身を胴体下面に移動させ低重心化を図っているが、
それでも問題は完全には解決してないという。
横転を避けるためには、倒れそうな方向の動脚を支えにするのが現在のところ一番効果的だ。
旋回速度が鈍るが、背に腹は代えられん。
この場合支えにした動脚には大きな割合の車重がかかることになる。
過去には被弾して軽微な損傷を受けていた動脚が、負荷に耐えられず折れたという事例も報告されている。
また他の動脚へかかる荷重が減少、履帯が地面を空回りし旋回性能がさらに悪化する問題もある。
これを克服するためには支えにしている動脚を下に押し下げ、
前方の動脚に荷重がかかるようにする必要がある。
図にすると、こんなかんじだな。
貴様! 何がおかしい!? 生まれたての子馬が立ち上がる時みたいだと? 馬鹿者が!
・・・しかし本科には後脚の一本を持ち上げて「犬の小便」だとか、
後脚両足を上方に突き上げる「金のしゃちほこ」なる操縦を得意とするものがいると聞く。
主に一般者の見学時に披露するものらしいが・・・
はぁ、私はそんな操縦、覚える気はないぞ。
(*)旅館で仲居さんなどがやる芸のひとつ。顔を床につけ、体をえびぞりにして脚を高く持ち上げる。
その姿が金のしゃちほこに似ている。
横G
なんだ、質問か?
そんな急な超信地旋回をしたら操縦者に強いGがかかるのでは、ということか。
たしかにレーシングカーなどがスリップせずにこのレベルの旋回を行い走り抜ければ、
強烈なGを受け、気を失いかねないだろうな。
しかしその加速が生み出せるのは、自重の何倍もの力で路面に押さえつけ(*)タイヤが滑らないようにしているためだ。
一般車や装甲車にはそのような力は期待できない。
いいか、操縦者がGとして感じるのは動脚の推進力で生み出す加速度だ。
履帯が地面を滑ることなく蹴らなくては、そもそもGなど感じないのだ。
貴様、ニ年次科生だな。すでに座学で習っているはずだが?
ましてや不整地だ。どれだけ履帯が地面を捉えるように制御したとしても、1G程度の加速を出すのがせいぜいではないか?
その程度のGでは体は振られるかも知れんが、意識を失うほどではない。
それ以上の力で履帯を動かそうとすれば、履帯は地面から滑り出すだろう。
(*) いわゆるダウンフォースのことです。
他にも路面にチリが少なく鑢のようにざらざらしていること、
タイヤが粘着性を持っていることも滑らない大きな要因です。
それ以前に超信地旋回を開始した瞬間、履体は地面上を滑り出している。
さらに加速は得られなくなり、体感するGも小さくなってしまう。
そのような状態では、どのように動脚を制御しても十分に地面を蹴ることができず、車体の姿勢制御すら難しい。
Gなんかよりも、まず回転を止めることを心配しろ。